
2009年8月22日 東京から勤労奉仕の一行、七名がやってきた。長さ15メートルの畝が20畝はあるので、皆さんが到着するまでに半分ほど種を蒔いておいた。
種まきは早く終わり、ブルーベーリーやモロッコ豆、韓国唐辛子の収穫をやっていただいた。
ねずみダイコンの収穫と発送の際は、またお手伝いに来ていただきたいとお願いした。
ちょうど三ヶ月後の11月22日(日)に、ねずみダイコン収穫をすることになった。23日は勤労感謝の日で祝日、皆さんご都合が悪く、ただ一人、名古屋から若い男の助っ人が来てくれるようになった。
午後からの作業であったが、二人で手早く収穫から、発送の箱詰めまで、すべてができた。
明日は、長野のえびす講の花火だ。せっかくなので助っ人は、もう一泊して花火を観て翌日の早い列車で名古屋に帰ることになった。
計画したすべての農作業を終え、夕食を済ませ、酒を飲みながらひと時を過ぎ、「助っ人よ、今日の農作業のことを書きとめておきな・・・」と言って前にノートパソコンを差し出した。農作業と酒に酔ってすぐに寝てしまった。
平成21年11月22日 ダイコン収穫 勤労感謝順之介

食べないと生きていけない僕らは毎日、胃袋を通じて食べ物たちと対話している。
けれど、普段はそれだけの関係。一日3回食卓で姿をみかけるだけで、何も知らない。
どこかの畑で誰かが蒔いた種が育って、流通して、最後の過程で僕の食卓にのぼる。
だから、知ってるのは最後の過程だけ。
今日は、アグリナシェンテ農園で、自分が蒔いた種が誰かの食卓にのぼるまでの最初の過程を食べなれたダイコンの収穫を通じて、ちょっとだけ体験した。そして、知ってるに、最初の過程が少しだけ、加わった。というのは、今日の収穫は90日前に自分で蒔いた種を、飯綱名物「野ネズミ大根」として収穫したからだ。
夏。蒔くときには、目を凝らして、指先の神経を集中させ、土に引いた線に一粒ずつ落とすように並べていく。ちょっとした加減で種の量が変わる、肩のこる仕事。一緒に作業する、老眼であるはずの諏訪さんや両親・礪波さん・笹川さんの方が老眼でない私よりスムーズに作業していた。肩もこってなさそうで、不思議だった。
今日。引き抜くときには、神経は使わず、肩もこらず。「この大根はどれだけ大きいかな?」と手を伸ばすと、小気味よい土の抵抗が、その重さを感触で教えてくれる仕事。その後、洗浄から箱詰めまでは、流れ作業。収穫の余韻に浸りながら作業すれば、それなりに面白い。
自分が蒔いた種も悪くない。

翌朝、リビングにパソコンが同じように置かれていた。見るとデスクトップの中央に「ダイコン収穫」のファイルがあったので安心した。
お土産は 野ねずみダイコン だ
収穫前に畑にきた「チーズ゛とワインを楽しむ会」の講師、村山さんと坪内さん。
左手、飯綱の宿屋「だいだらぼっち」の主、池田さん。
後日、「だいだらぼっち」で野ねずみダイコンの「おしぼりうどん」を食べる会をする。もちろん池田さんの「手打ちうどん」だ。

食に凝り性の池田さん、神戸から信州の山の中に住み着いて40年、手打ちうどんも得意なメニューにもかかわらず、辛味ダイコンの汁に味噌味で食べる釜揚げうどんは知らなかったと語る。
信州の地粉と辛味ダイコンを選び、釜揚げうどんの味噌仕立ての汁、信州みその味比べと面白い。ダイコンの搾り汁に味噌を選び溶いたら、薬味を考えると、さらに味わい深くなりますよ・・・。




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