車の免許はローマで取った。といっても自動車の教習所に行くわけではない。時刻を決めて自宅又は事務所で待っていると教官が車を持って迎えに来る。始めての日はいきなり近くの公園に連れて行かれて、これがハンドル、これがアクセル、これがブレーキ、これがギアと教えて、サア運転しろという。わけが分からないまま走っていたら、いくらなんでも速すぎるよと注意された。町の中を70キロ以上で走っていたようだ。それからは毎日ローマ中を走り回った。何しろ教官が行きたい所を走るのだから何処へでも行く。おかげでローマの地図がよく頭に入った。
喉が渇くと水を飲みに行く。知らない所にミネラル ウオターが湧き出していて、口をつけてそのまま飲むのだが結構美味しかった。何しろ自動車学校はどこも30人位が入れる部屋一つだけで、その中で事務をとっているだけだから実地練習用のコースなんてない。全て路上だったが、2車線ギリギリの道路での方向転換の練習には往生した。わざと細い道に入って、横の歩道を若い女性が歩いていると先生は微速運転を命じる。後からソッと近づくと、女性に乗らない?と声を掛ける。その間車は先生の厳命に従って女性が歩くのと同じスピード。後から来た車にクラクションを鳴らされても動じてはいけない。女性がうるさがって反対側の歩道に移ったら今度は全速力で50メートル位先に行って方向転換をし、歩いてくる女性を迎え撃つのだが、狭い道で運転練習中の生徒がやるのだから思うようにいかない。そのうちに女性が通り過ぎてしまうと又先回りして同じことの繰り返し。とうとう射落とせないで女性がどこかに行ってしまうと、他の女性を見つけて同じことを繰り返したが成功率はゼロだった。何しろ60歳を越えた親爺が助手席から身を乗り出して軟派をし、車の中を覗くと若い(その頃は若かった)東洋人の男がハンドルにしがみついて必死に運転しているのだから無理もない。その代わり狭い所での方向転換とノロノロ運転には熟達した。試験も路上でやる。試験官が横にがんばって、自動車学校の先生は後に坐る。僕の試験は坂道発進で、20メートル位走ったら終わり。学科試験もあるが、口頭で、僕に出た問題は三叉路でどの道の車に優先権があるかというのだったが、出鱈目に答えたらあたってしまった。学科は毎晩7時頃から2時間自動車学校の事務室で行われるのだが、女性の校長に頼むからたまには顔を出してくれと言われたのにもかかわらず一回も行かなかった。
道路標識はヨーロッパ共通で、日本にないものもある。例えば道路の優先権のマークで
黄色と白と黒で縁取った菱形のマークが交差点近くに立っていればその道に優先権がある。その場合反対側の道路には赤く縁取った逆三角形の標識があって優先権が無いことを示している。衝突事故なんかの場合、この優先権が役立って逆三角形の道の方が悪いことになる。こうでもしないとヨーロッパ人は口角泡を飛ばして自分の非を認めまいとするから何時までたっても埒があかない。トラックの乗用車追い越し禁止なんてマークもある。一般に乗用車が最優先で、事故を起こしても大抵トラックが悪いことになるから、女の人が運転している乗用車が走っていたら、ぶつけられないうちにトラックの運転手は懸命になって逃げる。日本で車同士が鉢合わせし、どちらかが下がらなければならなかった時「この車さがらないの」と言って相手を唖然とさせた婦人がいたが、イタリアでも女性は運転が下手ということになっているらしい。トラックは日曜日、高速道路を走れない。行楽に行く乗用車が多いからだろう。逆にトラック用の道もあるが、乗用車が走っても構わない。トラックは特別の許可かお金を払わない限り昼間町の中に入れない。だから引越しは夜する。僕も一回やったが、夜逃げするようで、恰好が悪かった。
運転免許の講習料は日本に比べて遥かに安かったが、試験に受かると校長と先生にお礼のチップを弾まなければならない。免許証の期限は10年で、毎年幾らかの金額を政府に収める仕組。そんなこと全然知らなかったが、広い交差点で二重追越をして捕まった時お巡りさんが教えてくれた。
サテ免許を取ると自動車が欲しくなる。当時格好の良かったランチアのヴィアアッピアにしようか、アルファ ロメオのスプリントにしようか、それともフィアトのセイチェント(600CC)と随分迷ったが、ランチャやアルファ ロメオではまだ運転に自信がない。、セイチェントは600CC、4気筒、水冷のリアーエンジンと手ごろな為当時は一番人気があったが、"せんざんこう"みたいな形をしているので、ひっくり返りやすいため見送り、免許取立てだからすぐにボコボコにしてしまうだろうからと、一番小さいフィアトのチンクェチェントから始めることにした。戦前フィアトの名車と言われたトポリーノ(小鼠)を父親が持っていたので家内が懐かしがったせいもあった。

チンクエ チェントは500という意味で、エンジンが500CCだから付けられた名前らしいが実際には485CC位しかなかった。リアーエンジンで2気筒空冷だから冷却水の心配をしないでも良い。但しスピードを上げると音がうるさかった。とはいえ慣れればなんと言うこともない。メーターはたしかスピード計と燃料計くらいだったと思う。小さいけれど定員は5名。昔イタリアで自動車に何人詰め込めるかということが流行ったが、チンクエチェントは11名乗ったのが最高だったようだ。勿論そんなに乗ったら運転して走れる状態ではない。前後に座席があってドアーは二つ。僕が買ったのは最初の型だったので前開きだった。だから女の人が不用意に降りようとすると車体が低いからスカートの中までモロに見えてしまう。こんな開き方をするのはランチア アッピアの後のドアだけだったから、随分目の保養をしたものだった。今のようにミニスカートが流行っていたらどんなに良かったかと思うが、車は停まり、歩行者も山なりになって大変な交通渋滞になっただろう。交通巡査も整理なんか忘れて見とれているに違いない。
チンクエ チェントのもう一つの魅力は屋根が開くこと。幌をあげると身体ごと乗り出せるからスローで走っていて周りの景色を写真に撮ることも出来た。田舎の道で車に酔ったのか屋根から身を乗り出して吐いているのをみたが、下手をすると車にひっかけてしまうので、これは止めたほうがよさそうだ。なにしろ小さい車だから細い道でもドンドン入ってしまう。おまけにハンドルに全然遊びがない。車体も軽い上に小さいので、狭い場所でも手で操作して簡単に駐車出来た。
注文して待つこと暫し。やっと車が来たので取りに行ったが、家まで運転して帰るのが大変。何しろ始めての運転だし、丁度ラッシュ アワーにぶつかってあっちにヨロヨロ、こっちにヨロヨロ。遂に市内電車にぶつかって前が少し凹んだ。翌日は日曜日。家族を乗せて慣熟運転に出かけたら電信柱にぶつかって、昨日の凹みが少し大きくなった。
三日目は出勤の途中、乗客を沢山乗せて田舎から来た郊外バスに衝突。郊外からの出勤客を一杯乗せたバスの運転手とお前が悪い、イヤお前だと喧嘩していたら、乗客は遅刻しそうになって大半降りてしまった。いずれにしろ、前の部分が見る影もなくなって、ガレージに持って行かざるをえなくなったが、後部エンジンだから前は荷物室で空洞。直すのも簡単だった。
事故はその後も派手にやった。なにしろ事故を起こしたら保険会社に電話をすれば
相手方との交渉からすべてやってくれるので比較的気楽だった。その場合おまわりを呼んで証明書を書いてもらえればもっと簡単だった。同じ保険会社に掛けている車とぶつかったこともあって、その時はこっちが悪かったのだが、双方痛みわけということで、両方に保険金がおり、かなりの額を儲けたこともある。
その後も事故ばかり。しまいには面倒くさくなって片方のドアが大きく凹んで
開閉が出来ないまま、運転席のドアだけで走っていたが、どうせ近いうちにガレージに
持って行って直すんだからと掃除もしないでいたら、外側は泥ダラケ、中は紙くず
ダラケになって、ローマで一番汚い車だとの評判がたってしまった。
そのうち、長い距離を走れば運転にも慣れると教えてくれた人が居たのでまづはナポリに出かけた。
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