ドージェ責任者、栗原拓実が (現在ジョイアのシェフ) 仕切るようになってから来客数が途端に増え始めた。当然売上も向上し、ピッツァの知名度が上がってきた。カジュアルなカフェの業態である「カフェダルドージェ」の経験から、トイーゴの一階にピッツァメニューが無いバールを出店しても、売上は1日、2万円ぐらいとして計画を始めた。ご来店客数を安定させるには、少なくとも3年間を必要とする。賃借料は、契約時に妥協できない金額を胸に秘めていた。提示された金額が決めている額よりも高ければ、出店は取り止める決意ができていた。
スタッフは、ジョイア、ドージェを経験していることが前提で、アルバイト、パートさんで対応はしないことにした。イタリア人がどのようにバールを利用しているかを知っている社員を店長にして、提供する飲み物、料理の質は、ジョイアと同じレベルでありながら、価格はリーズナブルなバールをお客様に提案しなければ・・・と想いは固まってきた。
開店は、10月15日頃なと交渉が始まる前から計画を練っていた。店舗設計は、円コーポレーションの竹中氏、サインはMOAの茂住さん、店舗開発責任者として、イタリアに遊学していた営業企画の諏訪崇がプロデュースすれば、本格的なイタリアバールを誕生させることが出来ると確信していた。
トイーゴ西棟商業ビル地権者で構成され管理会社(NTG株式会社)は、取締役会長、元岡田時計眼鏡店の岡田功氏が職務に当たっていた。地権者でビル内に店を開いている方は、「化粧品のおおた」さんであることが分かって来た。
丸田守男氏が代理人となって交渉が始まった。出店の条件の重要事項の一番目は、賃借料である。二番目には、トイーゴ広場からモールを歩いてきて、チンクワンタ チンクエの店内に直接の入れる自前のドアの設置だ。三番目には、店の前に小さな丸いテーブルが五つ、軽い椅子が10脚は置けるスペースを使わせて頂くことなど。店内、小路ともイタリアの日常的な雰囲気を考えていた。




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