先生は、新聞やテレビを通して信州の美味しさを語っておられた。口下手な信州人が出来なかった「信州の農産物」の美味しさを熱心に誣いていた。セミナーには大勢のお客様にご出席いただき、日頃テレビの手際良い料理実演さながらの切り口の鋭いお話があった。セミナーの後は、恒例のチーズたっぷりのお料理を楽しんでいただいた。山本先生の活動は、信州の伝統ある質の良い農作物を作ること、伝統的なお料理を継承すること、次の世代の子どもたちに伝えること、まさにイタリアにおけるスローフード運動である、と私はお礼の言葉を述べた。
平成12年10月11日信濃毎日新聞夕刊一面のコラム「今日の視覚」に、「ゆっくり社会」とスローフード運動について「チーズの味が世界中同じようになっては、つまらない。」と結ばれた林雄一郎氏の文章が掲載された。新聞のスローフード運動についての解説記事にはいろいろで、東京では、「客席の番が回ってくるまで、じっと待つこと」とか「食事をゆっくりとする気風が高まっていること」などをスローフードの運動であるような記事を読み苦笑した。スローフードの思想の中には、ここ数年叫ばれている「地産地消」と同じような意味合いをもっている。農林水産省に入省し、経済協力開発機構(OECD)日本政府代表部参事官などを歴任。新設された農林水産政策研究所長を最後に農水省を退官。「地産地消」を説いたのは篠原孝氏だ。
日本経済新聞の文化欄で篠原孝さんの奥さんが、フランスに滞在したころ、休日には地方にあるミシュランの三ツ星レストランをご夫妻で食べ歩いた話を興味深く読ませていただいた。パリよりも、地方に多くの三ツ星レストランがある。その地で作られる新鮮な特産物を使ったお料理を食べに地方に行くのが楽しかったと語っていた。「おいしい料理を食べたいなら、東京を離れて信州のレストランを訪ねるのが楽しい」と言われるような店作りが大事である。氏の講演をお聞きした時に、彼は日本の農作物の自給率の低さとフードマイレージの高さを嘆き、昔から言われてきた「身土不二(しんどふに)」について語り、自論の「地産地消」について熱く語った。
「身土不二(しんどふに)」については、松代の倉田先生が早くから説いていた。いま、子供たちには「人生50年」の生涯が見え隠れしている。 その最大の原因はお釈迦さんの教えである「身土不二」の食事の喪失にある。世界で最も優れた「食」、それを創り育てたのは日本の母親であり、その最大の宝物は「母さんの食事」であり、「母さんの味」である。ことばを変えれば、お釈迦さんの教えである「身土不二」を誠実に家庭に取り込んだのが「母さんの食事」である。私たち日本人の体質は、少なくとも50万年という歴史的年月を経て創り上げられたもので、その原点は「日本の食材」と「日本の水」である。何としても、私たちは日本の大地で育った食材と、日本の大地より湧き出ずる水の利用を真剣に実践しなくてはならない。
健康生活舎フォーラムえん発行『えん通信』1998夏号「子供の命を見つめる」倉田稔氏寄稿文より
昭和8年(1933)長野市松代町生まれ。信州大学教育学部卒業。 長野市後町小校長や信大付属松本中副校長、長野市松代小校長等を 歴任。昭和42年度、都立大に内地留学。47年度に読売教育賞受賞。 「昆虫かんさつ入門」(小学館)、「しなの昆虫記」(信毎)など著書多数。 博物館学芸員。長野市松代町在住。
仏教の経文から出典と言われる身土不二(しんどふに)。人が生まれ育った土地のものを食べることが、体に一番良いことだと教えてくれた坊さんは、出典の経文がいまだに解からずとの返答、倉田先生のお話をまとめていただいた。




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